※個人の理解と感想です。
読もうと思ったきっかけ
いわゆる「ねんトレ」についてたくさん調べていた頃に、子どもの成長には睡眠以外にも「話しかけ」が非常に重要!という内容の本や記事、ブログをたくさん見かけて調べ始めた際に見つけた本。
数ある本の中から、誰かの経験をN=1で述べた本ではなくて、科学的なエビデンスがある研究結果をベースとした本を読みたかったので選択。
共通言語で会話できない時から何を話しかければよいのか、話しかけの具体的な効果(しなかった場合と比較して)はいかほどかを具体的に知ることが目的。
出版日・著者・構成
2022年12月に出版。
著者のダナ・サスキンドは人工内耳移植専門の外科医から社会学者になったという経歴。
人工内耳の移植手術を行って音が聞こえるようになっても、話せるようになる患者と話せるようにはならない患者がいることを目の当たりにし、ハートとリズリーによる家庭によって3歳までに3000万語の言語格差があるという研究にたどり着く。
それをきっかけに、「Thirty million Words Initiative(3000万語イニシアティブ)」というプログラムを開発・推進し、本書はそのプログラムの解説書という位置づけ。
下記のような構成で第1章から7章まであり、エピローグ、東洋大学教授 高山静子氏の解説、訳者あとがきを含む全353ページ。
- 第1章:つながりー小児人工内耳外科医が社会学者になったわけ
- 第2章:ハートとリズリーー保護者の話し言葉をめぐる先駆者
- 第3章:脳の可塑性ー脳科学革命の波に乗る
- 第4章:保護者が話す言葉、そのパワーー言葉から初めて、人生全体の見通しへ
- 第5章:3つのTー脳が十分に発達するための基礎を用意する
- 第6章:社会に及ぼす影響ー脳の可塑性の科学は私たちをどこへ導くのか
- 第7章:「3000万語」を伝え、広げていくー次のステップ
内容

第1章では、人工内耳外科医だった筆者が家庭の言語格差の問題に気づいたきっかけを紹介。プログラム推進の原動力となる気づき。
第2章から4章は、このプログラムの根拠となっている脳と言葉に関する研究の紹介がメイン。
第2章では、プログラムのもととなったハートとリズリーの3000万語の格差の研究を紹介。
生活保護世帯の子ども専門職についている家庭の子どもとの間に、3歳終わりまでで3000万語の格差があるといったファクトを示した研究。
ここでのポイントは、学ぶ能力のカギが社会経済的なレベルにあるという結論ではなく、初期の言語環境にあるという点。
親がたくさん話した家庭の子どもは、そうでない家庭の子どもに比べ、学歴の高さや経済的な地位とは無関係によくできるという結論。
ただし、たくさん話す家庭は、専門職の家庭>生活保護の家庭という結果であって、因果関係に注意。
当然ながら言葉の数だけでなく、言葉の質も重要であることも示されている(肯定的・応援を含む言葉 vs 否定・禁止を含む言葉)。
第3章・4章では、3歳という一定の年齢までの言語環境が脳の形成に重要である理由の説明。
脳は4歳頃には臓器としてはほぼ育ち終える。生後数年という短期間に脳の回路が作られ、人生の全てに影響する。この過程を決めるのは、遺伝と生後初期の経験、そして一生続く遺伝と体験の相互作用のみ。
人は生まれながらに1000憶の脳神経細胞の可能性を有するが、神経細胞だけで存在しても意味がなく、神経細胞同士の最適なつながりによる高速シグナルによって驚くべき力を発揮するのが脳。
出生から3歳までの間に、1秒ごとに700~1000もの神経細胞のつながりができる。
この複雑な神経回路が脳の構造となり、記憶・勘定・運動能力・言語等に影響。
しかし、3年間で爆発的に生じる神経のつながりは多すぎるとされ、シナプスのプルーニング(神経細胞のつながりの刈込)と呼ばれる過程を通じて、使わないつながりは切り捨てられ、よく使うつながりは微調整されながら強化される。
脳がこれほどの可塑性を持ち、異なる環境に合わせて変化する柔軟性を持つ時期は二度と訪れず、この時期が終わりプルーニングが始まると、適応力や新しい試みがどんどん困難になる(年齢を重ねた後の言語学習など)。
つまり、3歳までが肝という理論。
第4章では、神経細胞のつながりに影響するのが保護者・子どもをケアする人の話し言葉という点の説明。
話し言葉の内容(命令ではなく提案が重要)が知性、子どもの安定(計画し、作業を完遂するために必要な心理的プロセスに関わるスキル=実行機能と自己制御を指す)、粘り強さ(グリッド)などにも大切という内容を具体例と共に示す。
第5章は、3000万語イニシアチブの具体的な内容紹介。実際にどう子どもに話しかけるのが良いかの具体例が示されている章。
まず、このプログラムの目的が明確に述べられる。
それは、赤ちゃんの知性は生まれつきではなく伸びていくものであり、子供の脳を育てるには保護者の言葉の力が重要という科学で既知の事実に対し、保護者の理解を促すこと、保護者が自身の力を効果的に使う助けとなるプログラムをデザインすること。

そのデザインが、「3つのT」と呼ばれる、Tune In(チューン・イン)、Talk More(トーク・モア)、Take Turns(テイク・ターンズ)。
1つ目のTである「Tune In」は、子どもが集中している対象に保護者が気付き、その対象について子どもと一緒に話すこと。
子どもの注意が向いているものが次々に代わっても、大人がついていき反応を返すこと。
例えば、積み木で遊んでいる子どもにたいして、大人が絵本を読もうかと促すのNG。
あくまでも子どもが集中している対象を観察し、解釈して、反応を示すことが大切。
2つ目のTである「Talk More」は、Tune Inと同時並行するプロセスで、子どもと話す保護者の言葉を増やすこと。
具体的には、保護者が自らの行動を説明するように話しかける「ナレーション」と子どもがしていることを実況中継する「並行トーク」があげられる。
ナレーションは、おむつを外させてね、新しいおむつを見て、白くて柔らかいよといったイメージ。
並行トークは、お母さんの財布を持っているのね、中に何が入っているか見ているの?といったイメージ。
子どもが話せるようになったら、の3ステップで子どもが持っているコミュニケーションスキルの数歩先にいるようにする。
- 子供が話す内容を穴埋めして言い直す(ふくらませる)→「抱っこ、抱っこ」を「お父さんに抱っこしてほしいの?」に
- 子どもがすでに知っている動詞や形容詞を使ってより具体的な内容のな文にする(伸ばす)→「このアイス、おいしい」を「この白いアイスはおいしいね、でも冷たいね」に
- 子どもが使用した単語にさらに単語を足して反応し、文を長くする(足場を作る)
3つ目のTである「Take Turns」は子供を対話のやり取りに引き込んでいくこと。3つのTの中で最重要とされる。
子どもが集中していることにTune InしてTalk Moreしたら、子供が反応するまで待つ。双方向のやり取りにする。
その時に、このボールは何色?牛は何と言った?という「何?」系の質問は、子どもがすでに知っている単語を思い出すように促しているだけで語彙を育てる方法としてはレベルが下。
はい、いいえで答えられるような質問も同様に効果が低い。
どうする?なぜ?といった答えが決まっていない質問をして、思考のプロセスを促すのが良い。
第6章は、このプログラムが社会に与える影響の考察。第7章は、このプログラムを社会に広げていくための方法論。
家庭の格差を減らす新しいシステムを作る様々な方法が述べられる。
感想
全体を通じて
読んでよかった。
生後数か月の子どもに一生懸命話しかけていても当然ながら会話が成立するわけではないので、これでいいのかな?と不安に思ったり、赤ちゃん言葉で優しく話す自分を客観視して恥ずかしくなったり(笑)していた。
けれど、話しかけることの重要性を脳の発達とともに理論的に理解できたおかげで、大切な時間!とより強く思えるようになったし、楽しめるようになった。
解説も本書の内容をまとめつつ、保護者や保育者(保育園や認定こども園等)、子育て支援者にとっての本書の意義をまとめていくれていて頭の整理になった。
特に、保育者にとっての意義にあった「豊かな言語環境を一斉活動でつくることができるのかという記載が心にのこった。
一斉活動になってしまう背景には、待機児童の増加による0~2歳児のクラス規模の増大や、子ども1人に対する保育者の数を定めた国の最低基準等があることも理解できた。
二度と取り戻せない貴重な時間だからこそ、子供たちが一斉に同じ活動をする保育者主導の保育園ではなく、一人ひとりの発達や生活時間に合わせて小グループで保育を行う園に、自分の子どもを通わせたいと強く思った。
プラス!
特に第5章は、今後の話しかけの指針になるという点で、個人的に最も有意義な内容だった。
具体的な場面での話しかけのコツが示されていて、今後気を付けよう、試してみようという気持ちになった。
1つ目のTであるTune Inは、子供が集中している遊びとは別の遊び行動を良かれと思って提案してしまうことが多々起こりそうと思ったので、要注意。
第2章の分析結果から導かれる因果関係への理解も、本内容に限らず改めて重要だと思った。
脳の発達や機能に関して興味を持ったので、もう少し本を読んでみたいなと次への興味も沸いた。
マイナス?
具体例から結論への流れはわかりやすいものの、具体例が長かったり結論への結びつきがわかりにくかったりと、全体的に冗長だなと思う場面がちらほら。
特に3・4章、6・7章は、さっと斜め読みした部分も多かった。